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投稿者: 管理者



<フィーチャーストーリー>
日本版TSJJ7.1号では3人の女性をピックアップした。
オリジナルコンテンツではそのひとり、岡崎友子を取り上げた。
岡崎友子は‘80年代、プロのウインドサーファーとしてマウイ島をベースに活動をつづけ、そののちスノーボーダーとしてもアラスカや北海道などのパウダースノーに目をむけ、さらにカイトサーフィン、サップ、そして最近ではフォイルサーフィンにトライするなど、世界のエッジな領域で活躍する鎌倉生まれのスーパーウーマンだ。




MIMULUS


「ミムラス」
岡崎友子の、小さな身体に詰まった大きな想い。
文:山根佐枝
小川の水辺に咲くミムラスという黄色い花がある。
腰くらいの高さの茎に3cmほどの花をつけ、群生する。
雨が降り、水かさが増すと根こそぎ流されてしまうこの花は、それでもあえてその場所を好んで育つ。
流され枯れてしまうかと思いきや、流れ着いた先でまた根を張り、花を咲かせる強さがある。
「恐れを克服し、一歩を踏み出す勇気を思い出させてくれる」。
ナチュラル・ヒーリングのレメディのひとつであるこの花のメッセージを伝えたとき、岡崎友子は目を細め、自らの内側に向かって静かに頷いたようだった。






つづいて紹介する特集は、男勝りのサーフィンで一世を風靡した女子プロサーファー、リサ・アンダーセン。20年前、「リサ・アンダーセンはきみより波乗りがうまい」というキャッチフレーズでUS『サーファー』誌の表紙を飾った彼女の内面にチャッズ・スミスがアプローチする。


A Graceful and Perfumed Rage

「優雅で芳香な怒り」
10代の家出少女、パフォーマンスの先駆者、生涯サーフィン中毒、トレードマークの激しい気性で突進してきたリサ・アンダーセンのポジション。
文:チャズ・スミス

「電話帳でタクシーの番号を探して、ここからオーランドまで片道いくら?って訊いたのを覚えてる」。
エビのセビーチェには手をつけないままリサ・アンダーセンは話していた。
「ここから」というのはデイトナビーチ、詳しくはオーモンドビーチのことだ。
カーペットバガーとして移住した北軍最後の将校が住んでいたフロリダ終端の街として知る者はいても、サーフィンにかんしてはまったく無名の街だ。
繊細なコーンチップとともに赤みがかったソースが美味しそうなセビーチェはずっとそこにある。
彼女はアル中の父と、その父に怯えていた母の家を飛びだし、鑑別所で16歳という多感な時期を2年間過ごした当時を思い出していた。






Neptune Alley


「ネプチューン・アレー」
ジョン・フォスターのラ・ホヤ・フォトグラフィー。
文:リチャード・ケンビン

どのサーフタウンにも、1970年代に台頭し、その時代を彩ってきた集団が存在する。
カリフォルニア州ラ・ホヤにおいては、ジョン・フォスターとその仲間たちがそうだ。
詳細を抜きにすればそんな場所はどこにでもあり、写真を通して当時を振り返ると、ツァイトガイスト(時代精神)に満ちあふれ、人を引き寄せる圧倒的な魅力をもつ固有の風土が浮かびあがる。
街路やガレージ、宿泊施設、浜辺、サーフポイント、スケーターのたまり場、サーフショップ、駐車場、繁華街、酒場。
記憶がときを経て濾過されるにつれ、その街との結びつきは深まっていく。
そしてフォスターの写真は、時代ごとにそこへフィットする面々も異なるという事実を裏付けている。
ユーモアと深い造詣、それに被写体への洗練されたリスペクトを込めて。
彼はもっとも大切な友人、その友人らが乗った波、そして愛着の深いラ・ホヤをフィルムに収めてきた。






THE MATURATION OF CLOUD NINE

「クラウドナインの末路」
フィリピンの気まぐれな波は観光開発によって終焉を迎えるのだろうか?
文:マイク・チャンチウリ

かつてマイク・ボイヤムは、この長い海辺にある伝説の波へと静かに分け入った。
冒険家からコカインの密売人に成り下がったことで名を知られたこの男は、悪い連中に報奨金をかけられ逃走していた。
彼の人生はその時点で、すでに兄弟にGランドの場所を地図上にピンで示していたし、ドラッグの取引などで服役も経験していた。
彼が追求していたものは3つあった。
隠遁生活、霊的修行、そしてサーフィンだった。
彼の日誌によると、形而上学的領域が彼を凌駕し、43日間の断食によって急速に痩せ細った。
 もし断食がボイヤムを死に至らしめなければ、彼はいまでもこの地に潜んでいたかもしれない。
今日では、多くのツーリストがボイヤムのレガシーを踏みつけてボードウォークを歩いている。
もしくは椰子のビーチフロントでオーガニックジュースやエスプレッソで喉を潤している。
きっとボイヤムも、墓の下で笑っているはずさ。





CASE STUDY

ポートフォリオ:コーリー・ウィルソン

カリフォリニア出身のトップシューターによる15枚の近作。
US『サーフィン』誌のスタッフとして働くコーリー・ウィルソン、基本的にリップカールをベースに仕事をしているフォトグラファーだ。
ここに並べられた彼の作品のすばらしさをご堪能ください。






You never give me your mone

「ユー・ネヴァー・ギヴ・ミー・ユア・マネー」
サーフアートのパイオニア、マイケル・ドーマーの掘り出し物作品集。
文:ブライアン・チェデスター

昨年の春、マイケル・ドーマーの絵画、イラスト、コラージュを含む65作品がeBayのオークションに出品された。
もっともカラフルな1967年~1993年のあいだに描かれたアクリルの抽象画を含む出品作品は、サイズも複雑さもさまざまで、価格も1,800~8,400ドルと幅広い値段が付けられた。
 サンディエゴ出身のアートディーラーで出品者のトラヴィス・サミュエルが「これまでに購入したコレクションの中で随一」と評した作品集だったが、じつはまだひとつも売れていない。
アーティストの遺産を、インターネット限定で販売するのがサミュエルの専門だ。
春以降、ドーマーの作品の値段はぐんと下げられた。
目利きのドーマー作品収集家たちにとっても、今回の作品集は、サーフィン界初のカトゥーンキャラクター「ホットカール」の生みの親であり、西海岸の大衆的アートの先駆者として知られるドーマーの、新たな一面を表現したものだった。






Heavy Sea Rating

「荒海の格付け」
実力を見過ごされてきたパワーサーファー、ジョナサン・パールマン。そのカスタムヨットには、荒波の経験が宿っている。
文:ウィル・ベンディクス

ジョナサン・パールマンとは、セント・フランシスベイのはずれにある彼の倉庫で落ち合った。
事前に聞いておいた簡単なはずの道順は、ざっとこうだ。運河に沿って直進し、手入れの行き届いた藁葺き屋根の集合住宅を抜けたら、橋を越える。
普段よくブルースズ・ビューティーへ立ち寄るための道は曲がらず、大きなヤマハの看板を巻くように左折。その先には未舗装路が網の目状に広がっている。
海も見渡せるその一帯は、フィンボスの芳香が空気にまとわりつく。
道端にはボートヤードや作業場、そして錆で赤茶けた掘っ立て小屋などが立ち並んでいる。





La Maestra

「ラ・マエストラ」
サーフィンを生きがいとするメキシコの女性教師。
文、写真:エリザベス・ペピン・シルバ&ポウル・フェラリス

アグイラの家族はかつてムラヘの高地に住んでいた。
彼らは小さな牧場を営なみ、十数頭の牛だけで生計を立てていた。
農作物をすべて自分たちで賄い、手製のチーズなどは近所のコミュニティに売ってはささやかな贅沢品を手に入れていた。
オネシモ・アグイラが車や道路を初めて見たのはすでに成人になってからだった。
でも一度、山の向こう側の世界を知ってしまうと、オネシモはもっとその世界を知りたくなった。
オネシモ・アグイラにとっての文明への窓口は数マイル離れた小さな漁村だった。
小さな村とはいえそこは彼が住む山の牧場とはまるで別世界だった。
漁師の仕事をその村で見つけたオネシモは、新妻のマリア・エルサと太平洋に面した湾に移った。
その海で彼らはアメリカ人のサーファーたちが長いポイントブレークを求めてサーフしにやってきていることを知った。
毎年、サーファーたちは波を求めて、またバグエロス(メキシコのカウボーイ)は漁師の職を求めてこの人里離れた漁村にやってきた。




もっと詳しく見る
ザ・サーファーズ・ジャーナル公式WEBサイト











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